たっちゃんが日本人を虜にする。

 

「タツジッ! タツジッ!」
東京ドームに響き渡る異例の“たっちゃんコール”。
その中で背番号23の代表ユニフォームを着たラーズ・ヌートバー外野手が、日本の大会初勝利への先導役を果たした。

 

いきなりだった。
「1番・センター」で先発した1回の打席。
その第1球を迷いなくスイングした。

 

「あの第1打席の初球というのは、私自身が持ち望んでいたものでした。
結果的に運も味方してストライクゾーンの、自分がスイングしようとしていたところにきて、相手内野手の間にボール飛んでくれた」

 

こう振り返った打球は、二遊間を破りセンター前に抜けていくチーム初安打となった。
そして無死満塁から村上宗隆内野手の押し出し四球で最初のホームも踏む。
チームの初得点もまた、ヌートバーによって刻まれた。

 

ただ、活躍はそれだけではない。

 

序盤は塁を賑わせながら、なかなか追加点が奪えない重苦しい展開。
そんな嫌なムードを断ち切るきっかけを作ったのもヌートバーの気迫のプレーだった。

 

「少しでも緩めたらセーフにならない。
(全力疾走は)日本野球の原理原則。
あれが流れを呼んだ」

 

栗山英樹監督がこう評した4回のプレー。
1死から放った打球は完全に打ち取られた一塁へのゴロだった。
しかしその打球を中国の一塁手がファンブル。
その隙をつくように、スイングからすぐさまトップスピードに乗せた全力疾走で、一塁を駆け抜け内野安打を奪いとった。
続く2番の近藤健介外野手が右前に弾き返す。
そして1死一、三塁から飛び出したのが、3番に投手と指名打者の二刀流で入っていた大谷翔平投手の左中間へのタイムリー2点二塁打だったのである。

 

実はヌートバーの走塁の真骨頂が、この打ってから一塁に到達するまでのスプリントタイムにある。
2022年のMLBの平均一塁到達タイムが4.47秒。
それに対してヌートバーは4.28秒と0.19秒速く到達する。
まさにそのミクロの差が生んだ出塁であり、日本の追加点だったのだ。
7回の第5打席でも再び、一塁ゴロに全力疾走したその走塁で敵失を呼び出塁した。

 

3回には1死から二塁後方に飛んだ打球に猛ダッシュで駆け込んで、最後はスライディングキャッチ。
このファインプレーにマウンドの大谷が大きく手を挙げて感謝の意を表すと、ヌートバーもガッツポーズで応えた。
8回には自打球を当て、直後に足元を気にする姿を見せると、栗山監督が心配して水原一平通訳と2度もベンチから出てきて気遣うシーンもあった。
しかし2度目には指揮官がベンチを出てきた瞬間に「大丈夫だから!」とばかりに手を振り、出場をアピール。
この打席は四球を選んで出塁した。

 

一昨年、メジャーに初昇格した25歳。
若くしてメジャーリーガーという野球界のトップエリートへと上りつめても、決して真摯さを失わない。
一度、グラウンドに立てば、ケガをも厭わず全力でプレーに取り組む姿に、みんなが“たっちゃん”の虜になってしまっている。

 

栗山監督が日本球界としては史上初となる日系選手としての代表入りを決めた直後には、さまざまな声があった。
「日本人選手だけでチームを作るべき」
「他に代表入りさせるべき選手がいるはずだ」
そんな声があったのは確かだった。

 

しかしラグビーの日本代表をイメージして、新しいグローバル化した日本代表像を模索していた栗山監督にとっては、今回の代表チームの象徴的存在として、どうしても必要な選手だった。

 

その決断は間違っていなかった。

 

そして早くチームに溶け込めるようにと、チームメイトも歓待した。
日本名の「タツジ」から、ニックネームを「たっちゃん」と決めて、3月2日の合流の際には全員が“たっちゃんTシャツ”を着て歓待。

 

「Tシャツは本当に嬉しかったみたいですし、チームに打ち解けるのは多分、問題なかったと思う。
言葉が通じないのが心配でしたけど、『自分が日本語を話すよりチームメイトのみんなが逆に英語で話しかけてきてくれる』って、すごく打ち解けているみたいです」

 

こう語ったのは母親の久美子さん(57)だった。
試合前日の8日に父・チャーリーさん(56)、姉のニコールさんと米・ロサンゼルスから来日。
この日は“初代たっちゃん”こと祖父の達治さん、祖母の和子さんとこの試合を生観戦した。

 

「子供の頃から目上の人をリスペクトすること、時間厳守、そし友達と仲良くすることを教えてきた。
昔からああいう子。知らない人と仲良くなるのは得意でした」

 

そのコミュ力の高さ、明るさが人を惹きつける魅力にもつながっている。

 

「試合前のセレモニー、これだけの大観衆に囲まれてプレーできたこと。
本当に素晴らしい経験になった」

 

試合後の会見でこう語ったヌートバーは、初回にヒットを放つと、すぐさま胡椒を引く仕草を模した「ペッパーミル・パフォーマンス」を披露。
このパフォーマンスは大谷らが真似して、チーム全員の儀式にもなっている。
そんな胡椒引きの儀式から、世界一奪回を目指す侍ジャパンの戦いは始まったのである。