「もう二度とかかわらない」。
亜希(53才)は元夫を遠ざけたはずだった。
だが離婚から8年、彼女の心境は大きく変化し、ある決断に周囲は驚きを隠せないでいる。
彼女に何が起きているのか──。

 

今年は春から大忙しだった。
キャンプの訪問に始まり、試合の解説、そして夏には始球式で11年ぶりにプロ野球のグラウンドに上がった。
清原和博(55才)が順調に球界復帰の道を歩んでいる。
その裏には意外な人の支えがあった。

 

「元妻の亜希さんです。
実はいま、彼女は清原さんの会社の代表取締役に就いているんです。
この会社は2年ほど前に設立された清原さんの事実上のマネジメント会社で、別のかたが代表取締役だったのが亜希さんに代わったのです。
まさか彼女が引き受けると思わなかった、というのが正直な印象ですね」(亜希の知人)

 

彼女の知人たちは驚きをもってこの話を受け止めているという。
それだけ、夫婦の別れは壮絶だった。
2000年に結婚し、2人の男児をもうけた亜希は、アスリートの夫を支える傍ら、主婦モデルとしてもカリスマ的な人気を誇った。
しかし順調な仕事とは対照的に、夫婦の歯車は大きく狂い始めていた。

 

「夫婦関係悪化の決定打になったのは、2009年に報じられた清原さんの不倫騒動だといわれています。
あの報道を境に、言い争いが増えた。
酔って朝帰りした清原さんと口論になり、興奮した清原さんが自宅の壁に穴を開けたこともあったそうです。
恐怖を感じた亜希さんは、子供を連れて知人の家に身を寄せたこともありました」(前出・亜希の知人)

 

2014年に清原の違法薬物使用疑惑が報じられると、亜希は子供を連れて家を出た。
約半年の別居を経て同年に離婚。
2016年に清原が覚せい剤取締法違反で逮捕されると、弁護士を通じて子供への接見禁止を通達した。
もう二度と彼にはかかわらない──そんな意思が感じられる“最後通達”だった。
しかし、その3年後、亜希は大きな心変わりを迎えていた。

 

「弁護士を通じて、清原さんの更生への努力、そして子供たちへの思いや謝罪を聞くうちに亜希さんの頑なだった心に変化が訪れていったそうです。
長年恋人関係にあった20代女性と破局したことで、彼が孤独を感じていたことも亜希さんには伝わっていました」(前出・亜希の知人)

 

亜希が子供たちを連れて清原の前に現れたのは、2019年3月頃のこと。
家族4人、実に5年ぶりの再会だった。
その年の12月、亜希は雑誌『HERS』(光文社)の連載で離婚後初めて清原に言及。
清原が薬物依存と闘う日々などを赤裸々に綴った著書『告白』に目を通したことを報告し、《頑張ってる人の背中を押す。それが私の仕事なんだと思った》《彼は罪を犯しました。けれど、今の姿を応援したい》と胸中を明かした。

 

家族4人で食事をする機会も増え、清原は2人の息子に野球を教えることで親子の絆を回復させていった。
清原にとって息子と白球を追いかける日々は、どんな治療よりも効果があったようだ。
だが、その親子関係には「終わり」が待っていた。

 

日本学生野球協会の規定では、元プロ野球選手はたとえわが子であっても、協会加盟の高校生以上に野球を教えることができない。
昨年4月に清原の長男は大学の野球部に、次男は高校の野球部にそれぞれ入部した。

 

「この規定には例外がある。
それは元プロが講習を受け『学生野球資格』を取得することです。
そうすれば元プロがアマチュアを指導できる。
清原さんは、息子に野球を教えたいがために昨年2月に資格を取得したのですが、落とし穴があった。
日本学生野球協会のガイドラインには、“執行猶予の期間経過後5年”を経過しなければ指導できないとあったのです。

 

清原さんの執行猶予が明けたのは2020年6月なので、2025年6月までは指導不可。
これを知った彼は“息子に野球を教えられないなら、おれにとっては実刑5年と同じこと”と愕然としたそうです」(清原の知人)

 

離婚後、清原が薬物に深く手を出していったのは、息子たちに会えなくなった寂しさからともいわれている。
再び“家族の時間”が奪われる──そう危惧したのは、亜希も同じだった。

 

「息子さんとの関係性が変化することで、清原さんがまたダークサイドに落ちるような事態は絶対に避けたいと考えました。
逮捕時は自身はもちろん、息子たちにも心ない声があった。
もう同じ思いはさせたくないのでしょう。
これは家族の問題、そう考えた亜希さんは、早い段階で清原さんを支えることを覚悟していたようです」(前出・亜希の知人)

 

清原と息子たちとの野球の絆が断たれると、亜希はいっそう清原を気にかけるようになった。
昨年5月頃、清原は亜希と子供たちが住むマンションの近くに引っ越した。
そして、清原が亜希の自宅を訪れるようにもなったという。
一方で、亜希の選択には、心配の声も上がっている。亜希を古くから知る別の知人が言う。

 

「現在の彼女はモデル業だけでなく、アパレルブランドを手掛けるなど、実業家の顔も持っています。
清原さんの逮捕後すぐにモデル名を清原亜希から亜希に改名。
それまでいつも彼女に付きまとっていた“清原ブランド”からの脱却を目指していました。

 

壮絶な離婚劇を経て、シングルマザーとして奮闘した彼女を応援してきた人たちの間では、再び清原さんとかかわることに違和感を覚えている人もいます。
彼女のビジネスに大きな逆風が吹くのではないか、そんな心配の声まで上がっているようです」

 

11月1日、亜希は離婚後の2014年から書きためた日記をまとめた本を出版する。
本のタイトルは『家 ごはんと野球』(CCCメディアハウス)。
「義母」「離婚」「逮捕」などについての書き下ろしのコラムも収録予定だという。
本来は8月に出版予定だったのが、長男から「家族の本にしてほしい」と言われ、大幅に加筆修正したため、発売時期がずれ込んだ。
今年8月、亜希はこの著書について自身のインスタグラムで触れ、清原との関係をこう綴った。

《そもそもうちは正確に言うと四人家族なのか家族じゃないのか、微妙ではあります。笑
けれど型にはまらない、いびつで、どこか不気味で、でも新しい家族のカタチとして、いまここに存在するのは紛れもなく事実》

 

「決して夫婦の復縁でもなければ和解でもない。
ただ、“家族として”という思いが彼女を突き動かしているんです」(前出・亜希の知人)

 

清原の会社の代表になることは亜希にとっても大きな決断だったはず。
その決意に吹く風は果たして───。