フィギュアスケート男子の羽生結弦選手(27=ANA)が、19日午後5時から東京都内で記者会見を開き、今後競技会には出場せず、プロに転向する意向を発表した。
羽生選手は2014年にソチ五輪、18年に平昌五輪の2大会連続で、男子シングルの金メダルを獲得した。
22年2月に開催された北京五輪では3連覇が期待されたが、4位に。
五輪後、今後の去就に注目が集まっていた。
記者会見の詳細は下記の通り。
この度は、このような場に皆さん集まってくださって、そして、見てくださって、本当にありがとうございます。
最初に一つ、もう一つだけ、感謝を述べさせていただきます。
先の一部報道にあったとおり、色んなことを言われてしまいましたが、その中でも自分のこと、そしてここまで応援してくださっているファンの方々を含め、いろんなことを考えながら、気持ちを大切にしていただきながら、自分が決意を表明することを常にメディアで発信してくださった方々に、深く深く御礼をさせてください。
本当にありがとうございました。
これまでたくさんの応援のお蔭で僕はここまでこれました。
ここまで頑張ってこれました。
そして、ここにいてくださっているメディアの方々、カメラマンの方々も含めて、本当にたくさん応援していただきました。
そういった皆さんの応援の力の中で、羽生結弦としてフィギュアスケートを全うできるのが本当に幸せです。
まだまだ未熟な自分ですけれども、プロのアスリートとして、スケートを続けていくことを決意致しました。
本当に、本当に、緊張しています。
こんなしがない自分なんで、言葉遣いが悪かったり、噛んだりしても許してください。
これからもプロのアスリートとして、競技者として他のスケーターと比べ続けられることはなくなりました。
ただ、これからは自分のことをみとめつつ、また、自分の弱さと過去の自分とも戦い続けながら、これからもすべっていきたいと思っています。
そして、4回転半ジャンプにもよりいっそう取り組んで、皆さんの前で成功させられることを強く考えながら、これからも頑張っていきます。
どうか闘いつづける姿をこれからも応援していただけたら、嬉しいです。
そして、一人の人間として自分の心を大切にしたり、守っていくという選択もしていきたいなと思います。
僕がこれまで努力してきたこととか、そういったことが応援してくださる方々に評価していただいたり、見てもらえたり、そこで何かを感じていただけたり、そんなことが僕は本当に幸せです。その幸せも大切にしていきたいなといま思っています。
いろんな選択をしていく中で、失望したなとか、もう見たくないなとか、思われてしまうと、とても悲しいですけれども、それでも自分のスケートがやっぱり「見たいな」とか、「見る価値があるな」と思っていただけるように、これからももっともっと頑張っていきますので、どうか応援していただけたら嬉しいです。
そして、これまで応援してくださったたくさんの方々、今回もどんな決断でも、どんなときでも、今回の会見でも「頑張れ」って、「緊張するだろうけど、応援してるよ」と、応援してくださるコメントを寄せてくださっていて、本当に僕はいつも救われています。
本当にありがとうございました。
最後になりますが、羽生結弦として、そして一人間としてここまで育ててくださった幼稚園、小学校、中学校、高校、大学といろんな先生方、そして、フィギュアスケートを教えてくださったたくさんの先生がた、本当にありがとうございました。
また、自分の心を、自分のことを大切にしてくれた人たち、本当に本当にありがとうございました。
自分の口から決意を言いたいなと思っていたので、事前に大切な人たちに言うことはできなかったが、それでも何も言わずに、自分のことを大切にしてくれて、僕もそういう大切な方々が本当に大切だなと思ったし、またこれからも大切にしていきたいなと思いました。
本当に僕なんかのことを大切にしてくださり、ありがとうございました。
これからもよりいっそう頑張っていきます。
まだ今までスケートを生で見たことがない方も含めて、見て良かったなって、絶対見る価値があるなって、そういうふうに思っていただけるようにこれからもがんばっていきます。
4回転半ジャンプも含めて、挑戦を続けて、これからもさらに高いステージに行けるように頑張っていきます。
これからはプロのアスリートとして、そして、スポーツであるフィギアスケートを大切にしながら、加えて、羽生結弦の理想を追い求めながら、頑張っていきます。
どうかこれからも戦い抜く姿を応援してください。
今日は本当にありがとうございます。まだまだ自分の口から自分で考えてきただけだと、話せないことはいっぱいあるので、どうか質問をいっぱいください。
そうしたら、しゃべれると思うので、どうかよろしくお願いします。
【質疑応答】
――今回、競技者として勝負の場を離れる決断に至ったのはなぜでしょうか。またその決断に対してさみしさはありますか?
はい、ありがとうございます。さみしさは全然ないです。
むしろ今回最初にこの会見の案内文を考えていたときに、今後の活動についてとか今後の活動に関してみたいなことを書いて頂いたんですけど、自分のなかでなんかそうじゃないなって思って。
もっと決意に満ち溢れたものですし、もっともっと希望に満ち溢れたものだなって自分のなかでは思っていたので、むしろ今は自分としてはこれからも期待してやってくださいって胸張って言えるっていう気持ちでいます。
なのでさみしさは特にないです。
これからさらに頑張っていきたいなって思いますし、あと、もっともっと、試合っていう限られた場所だけじゃなくて、もっといろんな方法で自分のスケートを見て頂く機会があるかなと思ってますし、作っていきたいなって考えているので、是非楽しみにして頂きたいなーなんて自分では思っています。
――羽生選手と言えばオリンピックに3回出場されて2つの金メダルを獲得されて、多くの国民に夢や感動や希望を与えたと思います。今、改めてオリンピックというものを振り返ったときに、一言で表すとどんなものでしょうか。
ありがとうございます。
オリンピックはそうですね、もちろん自分にとっては二連覇できた、今の自分の立場だったりとかこういう発言をさせて頂く場所だったりとか、そういうものを作ってくれている大切なものたちだなっていうふうには思うんですけど、それプラス北京オリンピックで、もちろん挑戦が成功したわけではないんですけれども、それでも自分が夢を追い続けたりだとか頑張り続けた、ある意味それを証明できた場所でもあったと思うので、そういうなかでみなさんがその姿を見て下さり、あーかっこいいなとか応援したくなるなとか、自分自身が前に進もうってほんの一歩だけでも進もうと思って頂けるような機会になったことがなによりもうれしいなって思ってます。
もちろん一つずつオリンピックに意味付けをしてしまうと、オリンピックってものに対して全部意味付けしちゃうと、ほんとに長くなっちゃうんですけれども、僕にとっては自分が生きている証っていうか。
そしてみなさんとともに歩み続けた、頑張った証でもありますし、これから頑張っていくための土台でもあるかなって思ってます。
――競技会には出ないという決断と捉えてよろしいでしょうか? その決断に至った経緯、揺れ動いたりしたのかもふくめて聞かせてください。
はい、ありがとうございます。
まず最初に、これから競技会っていうものに出るつもりはないです。
僕がこれまでやってきたなかで、もう競技会に対して、結果っていうことに対して、とるべきものはとれたなっていうふうに思ってますし、そこに対する評価を求めなくなってしまったのかなっていう気持ちもあります。
それがここまでいたった経緯です。
そして、自分が揺れ動いたりとかっていうのははもちろんあったんですけど、そもそも平昌オリンピックの時点でもう引退しようと思っていて、引退っていう言葉があんまり好きじゃないんで使いたくないんですけど。
僕が16歳だったり17歳ぐらいのインタビューで、「2連覇したらどうするんですか?」って言われたときに、いやそこからがスタートですってほんとに自分の心の中から言える時期があって。今ほんとにそういう気持ちでいます。
なんか、自分のなかでは平昌オリンピックから、そこからプロのスケーターとして、プロのアスリートとしてスタートするんだっていうふうに思ってたんですけれども、まあ4回転半だったりとか四大陸選手権もふくめて金メダルとれてない試合が何個かあったので、それを取りたいと思って続けました。
結果として、4回転半にこだわり続けた結果、まあ北京オリンピックっていうところまで続いたんですけれども、今の自分の考えとしては、別に競技会でおりなくてもいいじゃんって思ってしまっています。
これからさらに自分が努力したい方向だったりとか自分が理想としているフィギュアスケートっていう形だったりとか、そういったものを追い求めるのは競技会じゃなくてもできるなって。むしろ競技会じゃないところのほうがみなさんに見て頂けるんじゃないかなっていうふうに思ってこういう決断をしました。
これから4回転半もふくめて、アスリートらしく頑張っていきたいなと思います。
――これだけ実績も残されて、社会の中でも羽生選手の言動がものすごく影響を与えて、いろんな人を喜ばせたりしている。アスリート界で、ここまでの存在になる方は本当に限られている。改めてご自分の中で、そこまでになれた自分にしかなかった何か特徴や、自分の中で持っているものがあれば、教えてください。
ありがとうございます。
自分でそういう実感があまりないので、わからないですが、ただ、いまこの場所にいる羽生結弦として、客観視して、本当にすごく遠くから、例えば、いまカメラさんがいる場所から、とか、自分の上からとか見たら、羽生結弦ってどんな存在かなって思うと、たくさん応援していただけるからこそここにいられると思うんですね。
羽生結弦が何かを持っているから、僕自身が何かをしてきたからということではなくて、いろんな環境の変化があったりとか、いろんなことで自分の演技を見ていただいたり、自分の発言をさせていただける場所があったり、聞いていただく場所があることによって、僕は特別応援していただける、本当に運のいい人間なんだなと思っていて。
それが、僕自身ももっと頑張っていかなくてはいけないとか、よりいろんなことを考えたりとか、どんな言葉いいのだろうか、とか、どんなことを考えていけばいいのだろうか、とか、そういうことを考えさせてもらうきっかけになっていたので。
別につくりあげているわけではないでですが、そうやってみなさんに応援していただけるからこそ、たくさんの方々が応援していただけるからこそ、僕はここで発信できる、発言できると思いますし、その上で、僕自身もその期待に応えられるように、その期待をさらに超えていけるように頑張っていきたいなと思えたので、そんな感じでやってこれたのかなと思います。
ただ、やはり言ってくださったとおりに、僕はアスリートでしかないと思っていて、これからいろんな演技をしていったりとか、スケートを続けていくにあたって、いろんな面が見えたりすると思うんですね。
ただ、その中でもやはり芸能人とか別にアイドルでもなんでもないですし、やはりアスリートとして格好良いな、アスリートとしていろんな希望とか夢とかを見せてもらえるな、って思ってもらえるような存在としてこれからも努力していきたいなと思っています。
ありがとうございます。
――競技者として羽生さんが貫けたなと思うこと。そして、これからも貫いていきたいなと思うことを教えてください。
ありがとうございます。
常に挑戦し続けていきたいなと思います。
正直、僕の中では線引きがとても難しいなと思っていますが、競技者としてのアスリートなのか、プロとしてのアスリートなのか、については、すごく線引きが曖昧で、僕が、「ここでプロになりました」と言ったら、プロなのかといったら、そういう世界なので、そうとしか言い切れないというのがありますが、僕は気持ちとしては、そんなに大きく変わったつもりはないです。
とにかくこれからも夢に向かって、目標に向かって努力していきたいなと思いますし、より責任をもって、自分の発言に責任をもって、自分の行動とかに責任をもって、アスリートとして、これからも自分の活動を全うしていきたいなという気持ちでいます。
もちろん4回転半ジャンプも成功させて、それを皆さんと共有できたり、みなさんの前で、成功させられたりしたらいいなということを強く思っています。
――プロのアスリートとしての今後の活躍として、具体的にショーや活動など、現時点で考えられていることはありますでしょうか。
ありがとうございます。
自分の中で考えていることだったり、ちょっと話し合いとかをして、ちょっと話し合った段階でしかないが、具体的にいろいろ進めようとしていることはあります。
それが何なのかというと、ちょっとまだまだ自分の頭の中の構成を伝えただけなので、実際に実現できるかどうかもわからないですし、具体的にそれを言うのは、憚られてしまうので、申し訳ないですけども。
ただ、これから今まで、例えば、競技者としてやってきたときは試合の前だけの露出だったりとか、試合で演技をしたりとか、そういったことに限られてきましたけど、もっともっといまの時代にあったスケートの見せ方であったりとか、ファンの方々であったり、スケートを見たことがない方々も含めて、これだったら見たいかもな、というショーであったり、応援してくださる方々が納得できるような場所だったり、演技だったり、そういったものを続けていきたいなって、ざっくりとしか言えないですが、思っているので、期間がいつになるか、など具体的にいうことは難しいんですけども、ぜひ期待してほしいなって思っています。
すみません、こんなコメントしかできなくて申し訳ないです。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
――決断に至った時期、競技生活を離れようと思った時期を教えてください。そこに至る最大の決め手になった部分があったら、教えてください。
ありがとうございます。競技者としてここで終了というか、ここからプロになりたいなと思うことは多々ありました。
いろんな場面にありました。先ほども言ったように、平昌オリンピックが終わった段階でも思いましたし、やはり、新たなスタートとして、次のステージに向かいたいという。
ネガティブに引退、とか、なんか不思議ですよね、フィギュアスケートって。
現役がアマチュアしかないみたいな感じで、すごく不思議だなと思っているんですけど、甲子園の選手が、野球をそこまで頑張っていて、甲子園優勝しました、プロになりました、それが引退かと言われたらそんなことないじゃないですか。
僕はそれと同じだと思っていて、むしろここからがスタートで、これからどうやって自分を見せていけるか、頑張っていけるかが大事だと思っていて、そういう意味では、新たなスタートを切ったなと思っています。
いつプロに転向にしようと考えたかという話だと、毎試合毎試合思っていました。
平昌オリンピックが終わって、試合が終わるごとに、いろいろと考えて、本当にいろんなことを考えて、これ、努力している方向間違っているのかな、とか、本当に頑張れていないのかなとか、いろんなことを考えながら、競技をしてきました。
結果として、最終的な決断に至ったのは、北京オリンピックが終わってからです。
北京オリンピックが終わって、帰ってきて、しばらくして、自分の足首を治すための期間として、治すための期間というか、痛くて滑れなかったので、その期間の中でいろいろと考えたときに、もう別にここのステージにいつまでもいる必要はないかなと思って、よりうまくなりたいって、より強くなりたいって思って、決断をしました。
実際に先日ファンタジー・オン・アイスというものがあったんですけども、そのときに滑らせていただいたときが、自分がアマチュアスケーターとして滑らせていただくのは、対外的に最後だったんですけど、そのときに、改めてより高いステージに立ちたいなと。よりいっそう努力したことが、ちゃんとみなさんに伝わるステージにいきたいなと思いました。
ありがとうございます。
すみません。
――オリンピックでもメダルをとって、様々な記録も打ち立てられて、どこかで満足するのかと見ていましたが、より強く、より高くというイメージが強いが、羽生選手の何がそこまで駆り立てたのでしょうか。
それはアスリートだからなのかなと強く思います。
現状に満足したことは基本的にないですし、とにかく、うまくなりたいなと思っていました。
それが、例えば、ジャンプであったとしても、フィギュアスケートで求められている音楽的な表現であったとしても、常にうまくなることが、楽しみというか、それがあったから、ずっといまスケートをやっていられるんだなと思っています。
自分の中ではスケート=生きている、みたいなイメージがあって、生きる中って、うまくいったり、うまくいかなかったりって絶対あったり、そこに対して何か言われたりとか、喜んでもらえたりとか、いろいろあったりしますし、逆に、すごい停滞したりとかいろいろあったり、そういったものが、すごくスケートの中で感じられるなと思っていて、それこそが、自分にとってのフィギュアスケートなのかなと思っているので。
だから、記録を打ち立てたから、記録を取れたからとか、最高得点出せたからとか、難しいジャンプを飛べたから、とかそういう意味ではなくて、普通に生きている中で、もっと難しいことをやりたいとか、単純に小さい頃だったらもっと褒められたいとか、そういった気持ちだけで頑張ってこれた気がします。
――昨年あたり、羽生さんが「今の自分が一番うまい」と仰ってたことがすごく印象に残っています。実際にそうだとも思います。勝手ながらもったいないなとも思うんですけど、今後競技会の緊張感が恋しくなるようなことはないでしょうか?
ありがとうございます。
えー、そうですね、競技会の緊張感が恋しくなることは絶対ないと言い切れます。
それはまあ、さきほどお話したなかで、今後の活動についていろいろ考えているっていうお話をしたなかで、絶対に競技会としての緊張感だったりとか、そういったものを味わってもらえるようなことをしたいなって思っていて。
別に競技会を作ったりとか大会を作ったりとか、そういうことは考えてはいないんですけれども、やっぱりみなさんが好きな、みなさんが応援したくなるような羽生結弦ってやっぱり挑戦し続ける姿であったりとか、あの独特な緊張感があったりとか、そういったなかでの演技だと僕は思っているので、そういうものをまた感じて頂けるような。
みなさんも、ああ競技者じゃなくなったから、なんか気緩むなーみたいな感じで見られるようなスケートじゃなくて、より毎回毎回緊張できるような。
本当に全力でやってるからこその緊張感みたいなものをまた味わって頂けるようなスケートを常にしたいと思っているので、それはないかなって。
むしろもっと緊張させてしまうかもしれないし、もっともっと緊張するかもしれないですし、僕自身も。
でもそれくらい一つ一つの演技に自分の全体力と全神経を注いで、ほんとにある意味では死力を尽くして頑張りたいなと思っています。
――羽生選手が戦ってこられた時代は4回転がかなり過熱した。その中で、それでもチャンピオンとして高いレベルで引っ張ってきたと思います。チャンピオンでありながらリードしてきた自負について、いまどのように思いますか。今後マリーニ選手も4回転半に挑戦してたり、もしかしたら5回転ということも出きたりするかもしれません。これからへの期待について、感想をお願いします。
ありがとうございます。
えっとー、そうですね。
僕がフィギュアスケートを始めてすごく憧れをもった、フィギュアスケートのトップの選手たちに憧れをもった時代は、4回転ジャンプがプログラムのなかに2本入ってたらすごいことだったんですよね。
で、今の時代みたいにそんな4回転ジャンプが何種類も何種類も跳ばれるわけではないですし、1種類で2本だったりトリプルアクセルがあったり、そういう時代でした。
それからまた4回転がなくなったりだとか、4回転を跳ばなくても勝てるような時代が来たりとか色々あって、今、現在に至ってます。
でも、なんか僕が好きだった、というか今も好きなんですけが、僕が好きなフィギュアスケートってやっぱり僕自身が憧れた時代のスケートなんですね。
なので、あの時代に4回転ジャンプを3本跳んだら優勝なのかって言われたらそんなこともなくて、トリプルアクセルいっぱい跳んだから勝てるのかって言ったらそんなこともなくて……。
もっともっと心から何かを感じられるような演技、この人の演技見たいなって思ってもらえるような演技をこれからもし続けたいなと思ってます。
僕自身がそういう演技をこれまでもやってこれたかっていうのはちょっと自分だけでは評価しきれないのですが、でもこれから、僕自身がそういう演技をもっとしたいなと思ってます。
これからの競技フィギュアスケート界がまたルールが変わったり、毎年ルールがちょっとずつ変更したりはあるんですが、これからルールが変わったり、またいろんなことがあるかもしれないですけど、僕は僕の、僕が大好きだった時代の、僕が追い求めている理想の形のフィギュアスケートをさらに追い求めたいなと思っています。
――北京オリンピックのあとに「報われない努力だったかもしれないけど」と話されました。同時に、「これ以上ないくらい頑張った」とも仰っていました。これまでの競技者としての自分の努力というものをどのように振り返っていますか。 そして、それがプロスケーターとしてどのようにつながっていくと考えていますか。
ありがとうございます。
まず、平昌オリンピックで連覇した時点で、競技を終えてプロとしてさらにうまくなっていきたいなーっていうふうに思った時期があったっていう話を(さきほど)しました。
あのままの自分だったら、今のこの自分の努力の仕方だったり、自分がどうやったらうまくなるのかとか、そういったことを感じられないまま終わってしまったかもしれないなって。
ほんとの意味で終わってしまったかもしれないなって思いました。
あのころはまだまだ4回転ジャンプもルッツまで、ルッツフリップっていう、ほんとにある意味今の新時代みたいなものを象徴するようなジャンプが増えてきている段階ではありました。けれど、そういったジャンプたちを自分も追い求めて、またフィギュアスケートのいわゆる一番うまくなれる時期っていうか、まあフィギュアスケーターってこれくらいの年齢で競技を終えるよねって、ここからうまくならないよねって、むしろ停滞していったり維持するのが大変になったりするよねっていうそういう年齢がだいたい23とか24くらいで切り替わってしまうのが定例みたいなものでした。
だけど、僕自身は23歳で平昌オリンピックを終えて、それから今の今までジャンプの技術もふくめてかなり成長できたなって思ってるんですね。それは、そのなかでどういう努力をしたらいいかとかどういう工夫をしていけばいいのかとか、そういうことがわかったからこそ今があるんだって思っています。
そういう意味で今が一番うまいんじゃないかなって思っています。
だからこそ、その経験があったからこそ、これからもたとえ自分が30になろうとも、40近くなろうとも、40までスケートやってるかはちょっとわかんないですけど(笑)、でもそれまで、今まではこの年齢だからできなくなるなって思ってたことがなくなるんじゃないかなって、ちょっとワクワクしてます。
そういう意味ではやっぱり北京オリンピックまでやり続けてきて、本当に努力し続けてきて、これ以上ないくらい頑張ったと言える努力をしてこれてよかったなって思いますし、またこれからも改めて色んな努力の仕方だったりとか頑張り方だったりとか、色々試行錯誤しながらさらにうまくなっていけたらいいなって思います。
――我々からするといつも完璧に映っていますが、羽生結弦として生きてきて大変だったこととか、今だから明かせる、自身にとって重荷になったことはなかったのでしょうか。
僕という定義がまたわからなくなってしまうので、難しいですが、僕にとって羽生結弦という存在は常に重荷です。
本当に常に重たいです。会見でお話させていただくときとかも、決意表明してください、と言われたときとかも、ものすごく緊張して、今まで考えてきたことが全て吹っ飛んでしまうくらい、手足も真っ青になるくらい、緊張していました。
自分自身も完璧でいたいと思いますし、これからも完璧でいたいって、もっともっといい羽生結弦でいたいと思ってしまうので、これからもまた重いなぁ、っていろんなプレッシャーを感じながら、過ごすことになってしまうと思うんですけど。
その中で、こういう姿を見て応援してくださる方々はたくさんいらっしゃいますし、北京オリンピックのように自分がちょっと心が崩れてきてしまったときとか、あのとき努力が報われなかったとか、報われない努力があるんだとか、幸せって本当に心の中から言えないとか……いろんな言葉を言ってしまっていましたけれども、そういった自分がいることも皆さんにわかっていただいたり、そういう自分を応援してくださっている方々がいることも嬉しいなと思っています。
いつもいつも「羽生結弦って重たいな」って思いながら過ごしていますけども、それでも羽生結弦という存在に恥じないように生きてきたつもりですし、これからも生きていく中で、羽生結弦として生きていきたいなと思います。
ただ、その中で、先ほどの決意表明の中でも話させていただいたように、自分の心を蔑ろにすることはしたくないなと。
これまで演技をしていくにあたって、本当に心が空っぽになってしまうようなことがたくさんありましたし、わけもなく涙が流れてきたりとか、ご飯が通らなかったりとか、そういったことも多々ありました。
正直、いわれもないことを言われたりとか、なんか、なんかねぇ、そんな叩かなくてもいいじゃん、と思うようなこととか、正直いろんなことがありました。
人間としてもいろんな人が信頼できなくなったり、誰を信用していいのかわからないときももちろんありました。
でもそれは、羽生結弦だからではなくて、みなさんがそう思っているんだと思いますし、大なり小なり、皆さんがつらいんだなと思っています。
だからこそ、僕自身がこれからも生きていく中で、生活していく中で、心を大切にしてもいいんじゃないかなって。
もっと自分の心が空っぽになってしまう前に、自分のことを大切にしてきてくださった方々と同じように、自分自身を大切にしていかないといけないと今は思っています。
なので、皆さんも、自分を応援することで、いろんなことを感じていただけたり、生活の一部だとか、生きがいだとか言ってもらうことはとても嬉しいですし、そういうふうにこれからもなっていくつもりです。
ただ、そういった中でも、自分の心を大切にするようなきっかけの一つであったらいいなと思います。
ありがとうございました。
――先ほどの言葉の中で「プロというのはアスリートなんだ」という強いメッセージを受け取りました。だからこそ、アスリートとしての羽生選手にクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)について手ごたえとか、なにか感想があると思うので、クワッドアクセルについての決意をもう一度お願いします。
ありがとうございます。
正直な話、やはりアスリート、フィギュアスケートってそんな苦しいところを見せてはいけないと自分の中では思っていて。
演技しているときにメチャクチャ頑張っているんですけど、本当は。
演技が終わったあとは、キスアンドクライっていう点数が発表されるところがあって、そこで倒れ込むわけにはいかないんですけど、僕らは本当に倒れ込むくらい全力で毎回滑っています。
そういった中でも、アイスショーって、華やかな舞台であったりとか、エンターテインメントみたいなイメージがあると思うんですけど、もっともっと僕は、アスリートらしくいたいなって。もっともっと難しいことにチャレンジしたりとか、挑戦し続ける姿だったりとか、闘い続ける姿だったりとか、そういったことをもっとみなさんに見ていただきたいなって、期待していただきたいなって思って、今回この言葉たちを選びました。
実際4回転半に関しては、北京オリンピックですごくいい体験ができたと思っていますし、実際、あのときは痛み止めの注射を打ってしまっているからこそ、なにも感じなかったからこそ、何も怖くなかったということがあって。
本当に全力を出し切って、4回転半に挑むことができたんだけすけど、いま現在、やはり右足首の回復を待ったりですとか、あのときは、本当に4回転半のためにずっと努力していたといっても過言ではないので、それと比べたら、やはり最近アイスショーがあったりして、4回転半に取る時間がなかったので、あの頃よりは、下手くそになっちゃっているかもしれないですけど、いま現在も4回転半の練習を常にやっています。
実際にあの頃得た知見があったからこそ、北京オリンピック、そして北京オリンピックの前にもいろんな知見が得られたからこそ、いまの現段階でも、もっとこうやればいいんだなとか、もっとこうできるんだな、という手ごたえがありますし、ここ最近、アイスショーに出させていただいたりしたなかで、こういった視点があったんだなって、毎日のように発見があって、そういう意味でこれからさらにうまくなっていけるんだなっていう自分への期待とワクワク感がある状態です。
実際にはあの頃よりは下手くそになってしまっているかもしれないですけども。
でも、北京オリンピックのときは、伸びしろないのかなって思ったんですけど、いまは伸びしろをいっぱい感じています。期待していてください。ありがとうございます。
――羽生選手にとって、ファンの人というのはどんな存在であるのか。そしてこの中継だったり記事を通してファンの人が注目していると思いますので、改めてファンの人に言葉を頂けますでしょうか。
はい、ありがとうございます。
えー改めて、うーん。
一言で言うのは難しいんですけれども、やっぱり応援して下さる方がいるから僕は今ここで話してて、これまでスケートをやってこれて、これからもスケートをさらに突き詰めていこうって思えてます。
正直、先ほども言ったように自分が特別な存在とか自分が特別な力があるとか、そんなことは全く思ってなくて……。
人一倍みなさんに応援して頂けるからこそ力があったりとか、応援の力があるから、僕はうまくなってるだけなんだなってすごく思ってます。
これからたとえば、これがなんか10人ぐらいにしか応援されてなかったりとかしてたら、きっとその10人の方々の気持ちを受け取るだけでいっぱいいっぱいになってしまって、こんなにスケートだけに没頭できる日々はなかったかなって思います。
だからそのなかでみなさんがたくさん期待して下さって、その期待に応えたときにまたより多くの方が期待をして下さって、そんな循環が僕は本当に大切だった。
そんな循環をこれからもさらに続けていきたいですし、そうやってまたみなさんの期待に応えられるような演技を続けていきたいなって思うので、正直僕の心の底からの今の気持ちは、どうかこれからも期待してやってくださいっていうのと、どうかこれからも見てやってくださいっていう気持ちが自分の本音です。
ここで「ありがとうございました」じゃないっていうのは、正直自分が一番思っていて。
全然終わらないので、引退でもなんでもないので、ここからさらにうまくなるし、さらに見る価値があるなって思ってもらえるような演技をするために努力していくので、これからもどうか応援してやって下さい。よろしくお願いします。
――先ほど「心を大切に」というふうに仰っていましたけども、プロのアスリートとなるにあたって、今後人生の最優先事項として三つ挙げるとしたらどういうものがあるでしょうか。
ありがとうございます(笑)。
三つか―、えー、難しいなあ。
おぉー、三つ……。
そうですね、あの、成功させられる努力をまずすること。
それがまあ、自分にとって一番上の優先事項ですかね。
4回転半もふくめて。
4回転半も成功させたいし、自分自身が目標としている演技たちだったりとか、ここであえて演技たちって言っちゃいましたけど、いろんな演技をしていくにあたって、絶対にあのころよりうまいんだぞって、過去の自分よりうまくなったなって言ってもらえるような理想としている演技ができるような努力をしていきたい。
それが今一番自分にとっての第一優先のことです。あと二つ……。
そうですね、うーんと、うわー難しいなあ。まあこれはプロになったからとかそういうのじゃないかもしれないんですけど、えー、人間として美しくありたいって思ってます。
言葉で全部表現するのは難しいんですけど、たとえ明日の自分が今の自分を見たとしても、ちゃんと昨日の自分頑張ったなって思ってもらえるような自分を常に大切にしていきたいなって思いますし、うーん。
一生胸張って生きられる生き方をしていきたいなって思ってます。そして三つめは、うーんと。
うーん、難しいですねえ(笑)。
そうですね。
うーん、なんかあるかな。
あっ、はい。勉強を怠らない。
常に勉強し続けるっていうことを三つ目に挙げたいなって思います。
もちろんスポーツとしてのフィギュアスケートの競技というところからは抜けて、ちがう新たなステージに、一歩高いところに上がっていくっていうふうに自分のなかでは位置づけているんですけれども、これからもずっとずっと勉強していきたいなって思ってます。
いろんなこと。
自分自身、ちょっと最近ダンスをうまくなりたいなあとか、氷上でうまく使えないかなと思って学んでいたりとか、あとは力学のことだったりとか、運動学だったりとか、まあ人間工学だったりとか。
あとはパフォーマンスをどういうふうに見れるのかとか、どういうふうに評価するのかとか。
そういったことも含めてこれからもどんどん勉強して、どんどん深い人間になっていきたいな、深いフィギュアスケーターになっていきたいなって思うので、常に勉強し続けられる、アップデートし続けられる人間でありたいなって思います。