「忍者ハットリくん」、「怪物くん」など、多くの人気作品を生んだ漫画界の巨匠が旅立った。

 

「忍者ハットリくん」や「怪物くん」など、数々の人気漫画を手がけてきた漫画家・藤子不二雄Aさん、本名・我孫子素雄さんが7日午前、神奈川・川崎市内の自宅で亡くなったことがわかった。
88歳だった。

 

藤子不二雄Aさん(2008年)「僕らの漫画っていうのは、子どものころに手塚治虫先生という大変な方が出現されて、僕らは手塚先生の漫画を読んで、漫画家を目指そうってきたわけです」

 

富山県出身の藤子不二雄Aさんは、漫画界のレジェンド・手塚治虫さんからの影響を受け、1951年、高校生のときに漫画家デビュー。

 

その後、小学校時代の同級生だった藤子・F・不二雄さんと上京すると、トキワ荘で赤塚不二夫さんや石ノ森章太郎さんなど、後に昭和を代表する漫画界の巨匠たちと過ごし、大ヒット作「オバケのQ太郎」を送り出した。

 

藤子不二雄Aさん(2008年)「僕は最初、藤子・F・不二雄氏に出会ったこと、それから手塚治虫先生に会ったこと、そしてトキワ荘のメンバーと会ったこと、この3つの“人と会ったこと”が僕の人生にすごく影響していると思う」

 

その後、藤子・F・不二雄さんとコンビを解消すると、これまでとは変わった作品を発表する。

ブラックユーモアたっぷりに、人間の心の奥や裏側を描く「笑ゥせぇるすまん」。
その独特な世界観が大人たちを引き付け、個性的なキャラクターの決めゼリフも人気となった。

 

街の人からは、「面白い部分もあるし、人間の心理をついた部分も描いたりするので、裏表はっきりしているものありましたよね、漫画読んでると…」、「安心して見せられる漫画」、「ショック。トキワ荘まんが道っていう漫画でトキワ荘の物語を描いた漫画なんですけど、いい作品を作ってくれてありがとう」などといった声が聞かれた。