2017年から2022年にかけて「週刊少年マガジン」(講談社)で連載されたマンガ『東京卍リベンジャーズ』(和久井健)は、コミックス全31巻の累計発行部数が7000万部を超える歴史的な大ヒットとなった。

 

TVアニメ化(第一期:2021年、第二期:2023年)を機に若年層を中心にウケ、2021年に公開された実写映画の興行収入成績は43億円以上を記録。
さらに実写映画の続編は、今年4月21日から『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』、6月30日から『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の公開が予定されており、TVアニメ第三期の制作もすでに発表されている。

 

全国出版協会・出版科学研究所調べによると、2022年のコミック(紙+電子)市場の推定販売金額は2018年から5年連続の成長で、1978年の統計開始以来、過去最大となる6770億円を記録した。
「週刊少年ジャンプ」(集英社)が653万部を発行していた1995年の5864億円をはるかに上回る販売金額だ。
さすがに2022年は前年比0.2%増と、高止まりした感は否めないが、出版不況が叫ばれてひさしい昨今において、いまや空前の「マンガブーム」を迎えている。

 

このブームは、電子書籍の普及とコロナ禍の巣ごもり需要が相まってのものと推測されるが、『東京卍リベンジャーズ』は『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)や『呪術廻戦』(芥見下々)と並び、コロナ禍の状況下で飛躍的に発行部数を伸ばした代表格であり、令和時代を象徴するエンターテインメント作品のひとつといえる。

 

『東京卍リベンジャーズ』は、なぜこれほどのメガヒットになったのだろうか。

 

最初に作品の概要を説明しておきたい。
本作の主人公・花垣武道(タケミチ)は、壁の薄いボロアパートに住み、バイト先では6歳年下の店長からバカ扱いされるフリーターで、「極めつけはドーテー」。
26歳にして、みずからの人生を「どこで間違えたんだ?」と嘆いていたところ、2017年7月4日、中学時代に付き合っていた人生唯一の恋人・橘日向(ヒナタ)が、悪党連合「東京卍會」に殺害されたことをニュースで知る。

 

その日、タケミチは何者かによって新宿駅ホーム下へと突き落とされ、人身事故で人生が終わった……かに思えたが、気がつくと12年前の2005年にタイムリープしているのであった。
中学生に戻ったタケミチはヒナタを救うために、そして未来を変えるために、まだ結成から2年しか経っていない「東京卍會」に接触し、頂点を目指すことになる。

 

現実の社会においては、かつて80年代から90年代にかけて一世を風靡したヤンキー文化は、本作が連載を開始した2017年の時点でほとんど途絶している。
不良少年の様態はツッパリ、ヤンキー、チーマーなど時代によって変化してきたが、本作における不良少年たちは典型的なヤンキーに属する。
リーゼントヘアや特攻服などのディテールへのこだわりは、さながら「ヤンキー博覧会」だ。

 

第124話「When it rains, it pours」(第14巻収録)でタケミチが『湘南純愛組!』(藤沢とおる)と『疾風伝説 特攻の拓』(原作:佐木飛朗斗、作画:所十三)といった「少年マガジン」でかつて連載されていたヤンキーマンガを「漫画(バイブル)」と称している点を抜き出しても、本作にヤンキーへのこだわりが強く感じられる。
だが、族(チーム)で集会を開いたり、バイクで集団暴走行為を働いたり、対立チームと数百人規模での喧嘩を繰り広げたりするのは、さすがに時代錯誤といえるだろう。
かつてのヤンキー文化全盛時を知る40代以上の世代からすれば、「なぜいまヤンキー?」との疑念を強くするかもしれない。

 

しかし、『東京卍リベンジャーズ』は、リアルタイムでヤンキーを知らない世代にウケた。
10代や20代の若い世代は、実生活でヤンキーと接した経験などほとんどなく、本作の世界観はあまりにも現実からかけ離れているのに、この作品を支持したのである。

 

なぜヤンキーは、時代を超えて日本人の心性に響き続けるのか。
『東京卍リベンジャーズ』がメガヒットに至った要因を探るとともに、日本ではマンガを通じてヤンキー文化がどのように受容されてきたかを紐解き、日本人とヤンキー文化の関係性を見ていきたい。

 

『東京卍リベンジャーズ』の作者・和久井健は、元スカウトマンという、マンガ家としては異色の経歴を持つ。
スカウトマンとは、歌舞伎町などの繁華街で女性に声をかけ、風俗店やキャバクラなどで働くように誘い、店側から紹介料を報酬として受け取る職業である。
マンガ家としての連載デビュー作は「週刊ヤングマガジン」(講談社)での『新宿スワン』(2005~2013年)。
スカウトマンとしての経歴を活かした作品で、新宿歌舞伎町を拠点に活動するスカウトマンの主人公を通じて、闇金融やホストといった裏社会を描いてみせた。
作品自体はフィクションだが、みずからの体験や見聞にもとづくリアルなアウトロー描写には、ある種のドキュメント性があり、『新宿スワン』は8年以上も連載が続く人気作となった。
2007年にはテレビ朝日系列でドラマ化され、実写映画も2015年と2017年と2作が公開された。

 

『新宿スワン』の連載終了後も「ヤンマガ」で執筆していた和久井が、次なる活動の場を少年誌の「少年マガジン」に求めたのは2015年のこと。
移籍第一弾の『デザートイーグル』(2015年)の連載が1年足らずで終了した和久井としては、次作の『東京卍リベンジャーズ』には不退転の決意で臨んだことだろう。

 

そうした決意のほどは、絵柄にも表れている。
それまでの和久井の絵柄は、リアリティレベルの高い劇画タッチを基調に、コメディリリーフのギャグでは小林まこと(『1・2の三四郎』『柔道部物語』など)的なデフォルメを取り入れたものであったが、『東京卍リベンジャーズ』では、より少年誌らしい絵柄へと変化している。
その変化が顕著に現れているのは、キャラクターの目の描き方だ。
『新宿スワン』と『東京卍リベンジャーズ』の第1巻の表紙カバーイラストを見比べれば一目瞭然である。

 

絵柄を少年誌用にアジャストしてまで臨んだのが『東京卍リベンジャーズ』であり、その不退転の決意で選んだ題材がヤンキーであった。