滝沢秀明さん率いる新事務所TOBEが快調なスタートを切りました。
7月2日にはジャニーズ事務所を退所した三宅健さんがTOBEに合流を発表、翌週7日には元King & Princeの平野紫耀さんと神宮寺勇太さんがこれに続き、3人のインスタグラムを合わせるとフォロワー数は657万人(三宅さん121.9万、平野さん336.1万、神宮寺さん199.2万/2023年7月14日19時現在)を突破しました。
さらに、元ジャニーズJr.の人気ユニット「IMPACTors」の面々が「IMP.」と名前を変えて新たに加わり、SNSとファンクラブの開設を発表。
「お待たせしました」と挨拶しました。
魅力的なアーティストたちが続々とTOBEに集まっています。
今秋にジャニーズを離れるKis-My-Ft2の北山宏光さん、King & Princeの岸優太さんもTOBEに参加すると見られ、同事務所の躍進から目が離せません。
ところで、ジャニーズを辞めて間を置かず新しい活動を始めた彼らについて、ファンはどんな思いを抱いているのでしょうか?
TOBEの動きを見守るファンに、胸の内を訊いてみました。
「三宅健さんのファンです。
三宅さんはジャニーズでソロのファンクラブも開設されたし、ソロコンサートも開催できて、これから……というときに退所されたので、“なぜ?”という戸惑いも正直ありました。
でも“この人と組みたい、この環境でやりたい”という思いがあって進路を決めたのだろうし、自分もいい大人なのでそれがどれほど大切なことなのかはよくわかります。
空白期間を作らずに活動を再開してくれたのは、私は素直に嬉しかったです」(Aさん)
Aさんは三宅さんと同い年の44歳でV6時代から彼を応援しており、ジャニーズ事務所の幹部である井ノ原快彦さんとの関係にも期待しているそうです。
「ジャニーズJr.を管轄するジャニーズアイランドの社長は井ノ原快彦さんなので、三宅さんがジャニーズとTOBEの間をつなぐ存在になるかも、なんて期待もしています。
“ジャニーズはTOBEを潰そうとするんじゃ?”なんていう人も多いけど、私は平和的に棲み分けしてくれることを願っています」(同前)
ファンがいちばん胸を痛めるのは、タレントの決断に障害が立ち塞がることです。
芸能界のうんざりするような忖度や、ファン同士の敵愾心が向けられることのないよう、祈る人は多いです。
また、IMPACTorsの佐藤新さんに一目で惹かれたというBさんは、自身の苦い経験に重ねて、「IMP.」を見つめています。
「私は以前、仕事である部署のリーダーをしていたのですが、体調を崩して休職したときに、後任の新リーダーが“前任者が採用した人たちだから”という理由でメンバーを解雇したことがありました。
部下たちは理不尽な仕打ちを涙ながらに伝えてくれましたが私にはどうしてあげることもできませんでした。
“自分が育てた部下じゃないから”というだけの理由で人を軽んじる上司、それを許す組織ってなんでしょう。
IMPACTorsが退所すると聞いたとき、あのときのメンバーたちの姿が重なり、ぎゅっと胸を締め付けられました。
だから、滝沢さんが頼もしい受け皿になって彼らを支えてくれると知って本当に嬉しい!
後ろ盾をなくした人を冷遇するような世界は、なくなるといいと思います」(Bさん)
IMPACTorsは滝沢さんが見出し、名付け親になったグループです。
グループ名は「IMPACT(衝撃)+actors(役者)」に由来し、“世界にインパクトを与え、衝撃と伝説を残す存在。
衝撃的な役者たちになれ”という願いが込められています。
ネームロゴのカラーリングはIMPACTが黒、orsがピンクでしたが、これは「メンバーは全員大人なので、自分たちだけの色気や妖艶さも出せるように」「ひと色に留まらず、違う一面も出していけ」という滝沢さんの親心によるものです。
改名したIMP.も「.」だけがピンクなので、同じ思いが引き継がれているのでしょう。
Bさんは、IMPACTorsがTOBEに移籍したことを知り、今は大船に乗った気でいるそうです。
50代男性のCさんは特にジャニーズファンではないものの、
「キンプリの分裂って、SMAPの解散が想起されて辛くなります。
キンプリはキラキラ感、粒揃いのルックス、バラエティ適性などはトップクラスなのに本当にもったいない」
とキンプリの行く末を案じていました。
「『新しい仲間』が予告されていたTOBEの生配信に誰が登場するのか、自分も興味深く見ていました。
平野さん、神宮寺さんについてはシルエットが出たときから『キター!』という感じでした。
BTSと同じ事務所という噂もあって気になっていましたが、私は平野さんを天性のスターだと思っているので、その彼がわかりやすい形で消えなくてよかった! とほっとしています」(Cさん)
新しいチャレンジをするにしても“信頼感がある滝沢さんの事務所で”という彼らの選択に、安堵したファンも少なくないと思います。
また、Cさんは滝沢さんの動きについて、こうも思ったそうです。
「タッキーについては、辞めてどうするんだろうと思いましたが、TOBEの立ち上げを知って“タッキー、やるなあ!”と感心しました。
プロレス団体の分裂みたいなことをホントにやるとは。
ただ、タッキーはプロレスおたくらしいので、なるほどと納得もしましたね」
滝沢さんが大のプロレスファンであることは有名ですが、Cさんの“プロレス団体の分裂みたいなこと”という見解には大いに頷けました。
というのも、私自身TOBEの設立は、故・三沢光晴氏が全日本プロレスを離れて興したプロレスリング・ノアの旗揚げとよく似ていると思ったからです。
三沢氏は創業者の故・ジャイアント馬場氏のあとを継いで1999年に全日本プロレスの社長に就任しましたが、経営方針をめぐって馬場夫人らと対立し、2000年5月に社長の任を解かれました。
しかし退団の3日後に新団体「NOAH」の設立を発表したのです。
新団体設立に至った心情を、三沢氏はこのように語っています。
〈「自分から望んで入った全日本プロレス、しかもそれほど長きにわたって籍を置いた団体ですから、感謝こそすれ恨みや文句なんてありませんよ。
ただね、そこの社長という立場になって、いろいろと不透明な部分が見えてくると、憧れていた頃の全日本が自分の中でどんどん崩れていく……それがすごく嫌でした。
なんだよ、この会社!? と思う気持ちが膨れすぎて、プロレスそのものにも愛想を尽かす前に辞めちゃったほうがいいや。
というのが正直なところですよ」(「船出――三沢光晴 自伝」光文社刊より引用)〉
新団体NOAHには、三沢氏とともに全日本を退団した選手24名と多数の社員が合流、ディファ有明で開催された旗揚げ戦を含む3会場6000枚のチケットは、1時間足らずで完売となりました。
信頼できるリーダーを慕って仲間たちが続き、ファンの共感も得て驚異的な売上を叩き出してみせたさまは、胸のすくような痛快さがありました。
爆発的に伸び続けるTOBEのアーティストたちのフォロワー数、入会希望者が殺到し、一時は720分という目を疑う待ち時間が示されたファンクラブの活況を見るにつけ、NOAHが思い出されます。
方舟の盟主・三沢氏と滝沢さんには共通点もあります。
それは、どちらも“民と語らう王”であること。
いつだったか、生前の三沢氏に取材したことがあります。
NOAHの社長室に快く招きいれてくれた彼は、私が目をとめた「選手と一緒に焼肉を食べよう」というポスターについて話してくれました。
「ファンの方と親睦を深めるために、一緒に焼肉を食べようっていうイベントをやっているんです。
もちろん俺も参加しますよ。
焼肉をつつきながら、ファンの方のナマの声を聞けるいい機会なんでね。
それに、元選手や関係者がやっている店を応援したいっていうこともあります」
ファンの方と肩を並べて、彼らの気持ちを丁寧に吸い上げてくれる。
また、選手のセカンドキャリアにも心をくだいていて、この方は本当に人を大切にされているのだな、と胸を打たれたことを覚えています。
そして今、同じものを滝沢さんの采配にも感じています。
動き始めて間もないTOBEですが、いちファンとして早くも“大切にされている”と感じたのが、ファンクラブの入会日の調整でした。
平野さん、神宮寺さんのファンクラブが開設され、「初日に入会したい」と思っても申し込みが殺到しすぎて間に合わなかったと嘆く人に、滝沢さんはすぐさま「今現在もファンクラブ入会に並んでいる皆様から入会日は7/7にしたいとの声をいただいております。お約束は出来ませんが、出来る限りの対応を検討しますのでお待ち頂ければと思います」とSNSで反応、後日、これを叶えてくれました。
応援する者の声がたしかに届いているという手応え、ファンの悩みに王自らが応えてくれる安心感は、多大なる信頼に値します。
アーティストの魅力はもちろんですが、どんな心意気の人が舵を取る事務所かということは、推し活を楽しむ上で今以上に無視できない要素になっていくことと思います。
TOBEには、天守閣に籠もり民を見下ろすような王には描けない夢を、バリバリ描いてくれることを期待します。