「移住」という言葉には「人生のリセット」「都会の喧騒から離れて自然と触れ合う素敵な人生」「素朴な人々との穏やかな交流」「憧れの人生の獲得」「人間らしい人生をついに獲得」といったニュアンスがある。
そのイメージを作った貢献者の一つが「人生の楽園」(テレビ朝日系)だろう。

 

毎度、地方に移住して地元に溶け込んだ生活をする夫婦や一家が登場し、西田敏行と菊池桃子のナレーションとともに、充実しまくった第二の人生が描かれる。
7月に放送された2つの回のタイトルと説明文を引用する。
なお、本稿では移住については「そんなに夢の世界ではない」「こんな人は向いていない(だからやめとけ)」を伝えるが、「人生の楽園」に登場する移住者のことを批判する意図は一切ないことを前置きしておく。

 

「福岡・八女市 ~よみがえれ!僕らの里山~(2023年7月15日)」
<日々、汗と泥にまみれながらの活動は、苦労の中にもやりがいがあり、みんな「いまが青春!」といったいい笑顔です!>

 

「静岡・三ヶ日町~みかんの花咲く 農家民宿~(2023年7月1日)」
<三ヶ日町に魅せられ“じぃじ”のミカン愛を受け継ぎながら町を盛り上げたいと奮闘するゆきさん。そんな彼女を支え応援する健太さんとココリンズの仲間たち、地元の人たちとの温かい交流をご紹介します。>

 

一方、移住生活・田舎暮らしに対して警鐘を鳴らす本は存在する。
タイトルを挙げてみる。

田舎暮らしに殺されない法』(朝日文庫)丸山健二(著)
田舎暮らし毒本』(光文社新書)樋口明雄(著)
地獄の田舎暮らし』(ポプラ新書)柴田剛(著)
田舎はいやらしい 地域活性化は本当に必要か?』(光文社新書)花房尚作(著)

 

特に、『地獄の田舎暮らし』の帯はすさまじい。
<9割の田舎移住は終わりのはじまり? 「豊かな自然」「ストレスが減る」「生活費が安い」「憧れの戸建て」 甘い言葉に騙されるな! 後悔しない移住のススメつき>

 

カスタマーレビューで同書に星5つつけている人はこんなコメントをつけている。
<田舎をやれ人情豊かだの自然に囲まれて心豊かだのと美化しているテレビ番組に感化されている方たちへ。この本には、田舎の真実が凝縮されています。田舎は未だにセクハラ山盛りてんこ盛りなのは覚悟してください。いきなり家に押しかけてきます(それも食事中に!)人生の楽園という番組より、この本を!>

 

<田舎暮らしを夢見ている人たちに、是非読んでもらいたいと思います。田舎暮らしの大変さが、これでもかというほど出てきます。でも、それが現実なんですね。甘い気持ちでの移住は慎んだ方がいい、そんな筆者の気持ちがひしひしと伝わってきます。>

 

1つ目のレビューに「人生の楽園」は登場するが、同番組に登場する移住者には以下6つの特徴がある。
【1】コミュニケーション能力抜群
【2】突然人が訪れてもにこやかに対応する
【3】地域の活動に参加する
【4】手先が器用だったり明確な能力がある
【5】人から羨まれる何らかの実績を持っている。
さらに、案外多いのが
【6】元々夫婦のどちらかに地縁があった
というものだ。
この6つが揃っている人は移住をしても快適な生活ができるだろうが、上記の中でも3~4つほど当てはまらないと移住は難しいだろう。

 

なぜ、これらが重要かといえば、都会では一人では生きていけるが、地方では無理だからだ。
大きな理由が、高齢者が多いことと、災害である。
高齢者に対しては色々と手伝いをする必要があるし、災害では住民同士協力し合わなくてはならない。
それこそ川に近い人が避難してくることもあれば、ビニールハウスが壊れたら復旧を手伝わなくてはならない。

 

都会の人はお金ですべてを解決しようとするが、地方の人はそうではない。
労働力や野菜や魚の提供、買い物の足などを提供することによりコミュニティ内での立場が良くなっていく。
逆に、色々な人から何かをもらえるというのは、自分がそのコミュニティで認められた証。対価はお金だけではないのだ。

 

このライフスタイルに耐えられない人間には移住は難しい。
ただし、中規模都市でJRの比較的大きな駅があるような市の中心部に住むと「半都会・半田舎」生活のいいとこどりができる。
この場合、一番良いのは転勤者である。
何しろ、職場があるため同僚がいるし、そこを起点に程よい距離感のある人間関係を築くことができる。
しかも、空気はきれいで食料品は安く新鮮。
アウトドア好きな人は、少し車を郊外に走らせれば豊かな自然に接することができるだろう。

 

だが、これはあくまでも転勤であり移住ではない。
将来的には都会に戻ることが前提になっている。
とはいえ、転勤期間中にその街を気に入り、人間関係が発展したら定年後は移住しても良いかもしれない。

と、移住のポジティブな面を書いてきたが、ここからが本題。

 

筆者は2020年11月に東京都渋谷区から佐賀県唐津市へ移住したが、正直、自分の職業がフリーライター・編集者でなかったら移住生活は長続きしなかったと思う。
というのも、地方には都会ほど多種多様な仕事がないのだ。
求人チラシを見るとスーパーやドラッグストアの店員、配達員、タクシー運転手、食品工場ライン勤務などは見つかるものの、都会ではすぐに見つかるような仕事は少ない。
薬剤師や看護師のように資格を持った人であれば、ドラッグストアや病院の求人はあるが、資格がない人は当然無理。
大工等の技術がある場合でも地元の工務店に何らかのツテがないと簡単には入社しづらい。

 

また、都会ではよく見られるメディア関係の仕事、SE、プログラマー、ウェブサイト制作、各種デザイナー、コンサルタント、FPといった仕事の求人はなかなか見つけづらい。
保険の代理店をやろうにも、地元の会社やフリーランスの人ががっちりと客を掴んでいるためそこに割って入るのは至難の業。
仮に仕事を獲得できたとしても「あのヨソ者にオレの仕事を奪われた」などと恨みを買うこととなる。

 

幸いなことに唐津という街にライターはほとんどいないし、私の仕事の多くは東京発のため、地元のライターの仕事を奪っているという状況にはない。
県庁による佐賀県PRのコンペに2回参加して2回仕事を受注し、佐賀新聞の連載を獲得できたが、地元の仕事はこれだけだ。

 

本当にその土地でやりたいことと強い意志がない限り、やはり移住というのは難しいもの。
私が楽しそうにしている様子を見て移住してきた人物は、農家でバイトをしたがすぐにやめてしまい、移住促進NPOの担当者に対して「こんな生活は想定していなかった! あなたがちゃんと仕事をしないからだ!」とキレたりもする。
彼とは一度会ったものの、その後は会っていない。
多分もうこの街にいないだろう。

 

移住者の問題の一つは、「寂れた地方都市・田舎に住んであげている」というお客様モードにある。
移住当初はNPOや市役所の人が歓迎会を開いてくれたりするかもしれないが、その後は自分の力で切り拓かなくてはいけない。
そのためには上記【1】~【6】が必要となってくるのである。
それだけハイスペック人材でなくては、移住はうまくいかない。
お客様モードが抜けないと、「これだから田舎者は……」といった愚痴ばかり言うようになり、周囲からさらに孤立するという悪循環に陥っていく。

 

筆者の場合、「人生の楽園」的な明るく前向きな移住生活ではなく、ただただ「都会はもういいか……」という後ろ向きな理由から移住をした。
47歳まで激務だったし、正直「燃え尽き症候群」のような状態になっていたのだ。
そこで、それまでレギュラーで携わっていたネットニュースの仕事をやめ、通勤も不要なフリーライターに戻った。
今は半隠居生活をしながら、2ヶ月に1回、テレビ出演のため出張で東京に行く。
何しろ人混みが嫌いなので、今の状況は至極快適だ。
それでいて、東京時代の人とも接点が続いているのもありがたい。

 

幸いなことに唐津では友人も多数でき、日々楽しく過ごせるが、こうなったのも私に情報発信をする術があったからだろう。
何しろ私はコラムを多数書くため、必然的に唐津や佐賀の情報を発信するという特殊な立場にあり、それが重宝されている面もある。
あとは、酒の付き合いが良い、というのもあるだろう。
とにかく佐賀の人は酒を飲む。
ありとあらゆる誘いに乗っかっていたら、飲み友達が次々とできてしまった、ということだ。

 

不思議な話だが、渋谷にいた頃、知り合いに道で挨拶をすることなど滅多になかった。
だが、今は自宅とスーパーを往復するだけで3人と挨拶するなんてこともザラ。
青果店や電気店の店主とも挨拶をするようになった。
しかも、仰天したのが、顔見知りになったドラッグストアの薬剤師は系列のコンビニでも働くが、そのコンビニの店員が私の動向を把握していたことだ。
私は今年2月から5月までタイへ行っていたのだが、その薬剤師は、コンビニの店員から「あの人最近見ないね」や「あの人帰ってきたみたいですね。良かったです」と言われたという。
派手なリュックを常に背負っているせいで目立つのかもしれないが、行動が筒抜けなのである。

 

これが煩わしいと感じられる人は、駅近くでも地方に住むのは難しいだろう。
ましてや、より田舎に行くとこれがさらに濃厚になる。
何しろ「村の寄合があるけん、街に出られるのは20時ぐらいやな」「近くの爺さんが行方不明になったので消防団で捜索せないかん」「イノシシが近くの農家の柵を壊したけん修理に行ってくる」なんて言葉が日常用語として使われるのである。
だからこそ「個人の時間を大事にしたい」なんて言い分は田舎では通用しない。

 

その姿勢を貫くと発生するのが村八分である。
以前、某地方都市・A町と東京と軽井沢の三拠点生活をしているフリーランスの男性から聞いたのは、A町ではゴミを出せないということだった。
三拠点生活ということもあり、様々な会合に参加できないのと、個人の時間を大切にしたいから、と町内会に入るのをやんわりと断った。
軽井沢も別荘地のため、個人の時間が尊重される。
しかし、A町で告げられたのは「あなたはゴミ捨て場を使ってはいけない」ということだ。
調和を乱し、地域の空気を澱ませるわがままで不埒なヨソ者と捉えられたのだろう。
結果的に同氏はゴミを出す時は大家の家まで車で毎度運ぶのだという。

 

移住する理由は「海が気に入った」や「土地が安く念願の手打ちそば屋を始めたかった」など様々だが、地方では環境や自分の願望より人間関係の方が重要である。
都会の生活スタイルをそのまま維持しようとするならば「だったら帰ればいい」と言われてしまうこと請け合いだ。
というわけで、「人生の楽園」を見て移住に憧れる人はむしろ私が紹介した4冊の本を読んだ方がいい。
移住決断はそれからだ。
また、いつでも帰ってこられる場所は用意しておいた方がいい。

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