1926年の設立以来、95年の歴史を持つ金冠堂。
「キンカン塗って、また塗って♪」のCMソングでもお馴染みだが、先月、渋谷駅地下の柱巻きを商品の瓶に見立てた『キンカン』広告が話題に。

 

「若者のみなさんへ」と書かれた広告には、
「買わなくてもいいので、今日はどうかラベルだけでも覚えて帰ってください。#若者に売れたい」
との切実な想いが綴られていた。
近年若年層への認知が劣っているといい、一昨年にはハイブランド風にアレンジしたデザインも話題に。
コピーの赤裸々な文言には昨今のマーケティングへの“アンチテーゼ”も潜んでいた。

 

『キンカン』のボトルを模した柱巻き広告の“渋谷ジャック”。
これがネットニュースなどで取り上げられ、「違和感と懐古感」「そういえば子供の頃はキンカンを使っていた」「肩こりにも効くとは知らなかった」などのコメントが寄せられていた。
金冠堂の広告宣伝課次長 横尾賢則氏は、この反響についてこう話す。

「ソーシャル上では、例年以上に多くの方が本件について投稿いただいている実感があります。
内容についても記事のシェアやRTではなく、この本音広告に対して今年はキンカンを買うと宣言してくださる方、励ましのエールを送ってくださる方、一緒に写真を撮ってくださりフォトスポット扱いをしてくださる方、笑いのネタとして扱ってくださる方など。
多くの有難いお言葉を頂戴しています」(同担当者/以下同)

 

同広告の特徴は、「買わなくてもいいので、今日はどうかラベルだけでも覚えて帰ってください。#若者に売れたい」という非常に謙虚な言葉にある。
確かに、『キンカン』はTVCMなどで広告展開をしているが、反響コメントなどを見る限り、中年層から懐古的に扱われることや「そういえば父が使っている」というレスポンスなど、若年層の認知度が相対的に低い。
これにより金冠堂も、2018年から若年層向けに「認知度向上」「ブランドイメージ刷新」を目的にプロモーションを行ってきた。

 

担当者によれば、シンプルな想いをコピーにしたのは、昨今、企業・ブランドによる建前のアクションやメッセージに対するあり方が問題視されているケースもあるから。例えば、さらに、今はコロナ禍。社会には様々なものに対する不信感が渦巻いており、そんな中で「ブランドが発信する広告について、より“本音”で“誠実”に語ることが求められている風潮があると感じました」と説明してくれた。

 

確かに、国籍、人種、性別などの人権問題や環境保全への取り組みなど、企業メッセージとしてこれらを広告に使用し、炎上する例は少なくない。
また、商品についていかに美辞麗句を用いても今はSNS社会。
ステルスマーケティングや大規模な宣伝が反発を生んだり、国民総評論家時代で多くのうがった見方が寄せられることから、「広告なんだからいいことばかり言うだろう」など、宣伝文句そのものも疑われたりする事例が多い。

「そんななか、今回は『#若者に売れたい』というブランドの本音を、包み隠さず、潔く、あえてさらけ出してしまおうと思い、『すぐに買ってくれなくてもいい。
まずはラベルを覚えてもらえるだけでいい』という謙虚な姿勢を示していくことで方針を固めました。
だからこそコピーワークは、“作り込まれた広告らしさ”は極力避け、人格化したような広告らしくないリアルな会話のトーンのコピーを意識した形でライティングしています」

 

それがこの大きな反響を生んだのかもしれない。
以前にも同社は、栗原ジャスティーンが出演する「男の知らないSNS女子の生態」(2018年)、ファショナブルでスタイリッシュなポスターも印象的な「KINKAN SUMMER COLLECTION 2019」(2019年)など、若者へのアプローチをしてきた。

「現在若年層がキンカンに対して抱いているブランドイメージと真反対を行く振り切り方を徹底した企画です。
モデル、スタッフ陣もハイブランド/ファッション業界で普段から活躍する方々を起用し、グラフィックの構図やユーザータッチポイントも徹底してハイブランドのプロモーションを模倣しました」

 

この時のプロモーショロゴを踏襲した若年層向けにクールでラグジュアリーな虫さされ薬『KINKAN Noir(キンカンノアール)』も開発。
これを体感してもらうべく、渋谷パルコや路面に期間限定のショップを出店しようと試みたが、コロナ禍が襲来。中止を余儀なくされた。

「精神的にかなり苦しい出来事でした。
であれば、いっそこの無念な想いも含めて、中止となった計画をWebサイトで公開してしまうのはどうか、という企画案が。
期間限定で公開しておりましたので現在はこのサイトは見られないですが、結果として元の企画を成仏することもでき、我々の赤裸々な想いに共感してくださる方、励ましてくれる方、新商品『KINKAN Noir』を購入してくださったことをご報告してくださる方に溢れ、まるでショップを開店できたかのような反応が得られました」

 

とはいえ、90年以上の歴史がある『キンカン』。
伝統とのギャップに、社内では反対の声は挙がらなかったのだろうか。

「社員も、伝統を守りながらの“変化”や“新しいことへの挑戦”を探っていました。
その気持ちと企画内容が合致したことで『キンカン』を認知いただき、また新たに知っていただけるチャンスができたことを喜んでおります」

 

そんな『キンカン』は、現在もTVCMを放送中。
耳に残る「キンカン塗って、また塗って♪」の唄は、美空ひばりにも楽曲提供をしていたヒットメーカーの藤浦洸が作詞、ラジオ体操の作曲者で知られる服部正が作曲したもの。
虫さされ薬としてのイメージが強いが、意外にもその1番の歌詞は「腰痛」についてだ。

「発売当時は、いまより多くの効能効果を持った商品でした。
時代とともに薬事行政の指導もあり、現在は6つの効能効果となっております。
(虫さされ・かゆみ・肩こり・腰痛・打撲・ねんざ)。
さらに当初は、やけどの薬として開発していました。
ですがその後、虫さされやかゆみなどの効能効果が認知されてきました」

 

ちなみに現在のTVCMには、アニメ『けものフレンズ』のOPテーマ『ようこそジャパリパークへ』を制作したシンガーソングライターのオーイシマサヨシがアレンジ、出演している。

「かゆみと痛みの両方に効果がある、ドラックストアで手軽に買える唯一の外用の医薬品。
皆様の健康にお役に立てる商品と自負しております」
と同担当者。

 

老舗でありながら伝統と革新の両輪で展開し、さらには商品への圧倒的な自信を持ちながらも謙虚な姿勢で発信。
東京五輪にまつわる政治家や著名人の発言が波紋を呼び、多くの人が社会に不信感を持っている今、真に必要とされているのは“誠実さ”と“本音”なのかもしれない。