40代営業職のAさんはいま、スマホの「バッテリーの減りの速さ」に頭を悩ませている。

 

「2年前に格安スマホ用にiPhone XSを約13万円で買いました。
使い方はSNSとネット、たまに動画を見る程度です。
それなのに、今ではバッテリーが半日も持たない。
外出時はモバイルバッテリーにほぼ繋げっぱなしで、スリムなデザインも台無しです。
バッテリー交換をしようにも9000円程度の修理費用がかかり、工場でデータをリセットされた上、1週間程度かかるとのこと。
それも面倒なので結局iPhone12を注文してしまいました」

 

今年から政府主導で通信料金の値下げが始まったが、一方で端末(スマホ本体)の価格は、総務省による割引規制や5G対応などの高機能化で上昇傾向にある。

 

スマホの値段が高くなるのなら、より長く同じ端末を使い続けたいと思うのが人情というもの。
せっかく通信料が値下げされても、頻繁に高額な端末を買い替えていては元も子もない。

 

端末を長く使いたい場合、Aさんの例からも明らかなように、ネックになるのはバッテリーである。

 

スマホのバッテリーは、たとえ劣化してもガラケー時代のように自分で手軽に交換できない「内蔵式設計」だ。
内蔵式が嫌なら「交換式」を買えば良いと思いきや、5年以上前から、交換式で発売されている機種は京セラなどのごく一部のメーカーのものに限られている。

 

大半のユーザーは電池の「持ち」が悪くなれば、Aさんのように望まざる買い換えに至ってしまうのが現実だ。
実際、買い替え理由の30%程度は「バッテリーの劣化による」というアンケート調査もある。

 

Aさんは語気を強める。

「消耗品であるバッテリーが内蔵式設計であるせいで、ユーザーに過失のない経年劣化による交換でも『修理扱い』とされて、バッテリーの実費以外の工賃を負担させられるのはやはり納得がいきません。
メーカーの設計思想のために、非合理な買い替えを促されるなんて理不尽ですよ」

 

そもそもなぜ、大半のスマホでバッテリー内蔵式が主流になったのか。

「実はスマホが世に出た当初のアンドロイド端末は、数千円の電池パックを取り換えられる交換式の機種も数多くありました。
しかし、もともと内蔵式だったiPhoneの世界的ヒットの影響で2013年頃からアンドロイドでも内蔵式への追随が起こり、今ではほぼ内蔵式に置き換わってしまいました。
近年はバッテリーの容量が多い『大容量タイプ』の機種も増えましたが、バッテリーの経年劣化自体は物理的現象であり避けられません。
ただ、ユーザーは購入時に交換式かどうかまでは深く考えないのかもしれません」(モバイル・ジャーナリストの佐野正弘氏)

 

一方で、近年のスマホ自体には、買い替えたいほどの劇的な進化もなくなってきている。
ネットや高画素カメラだけでなく、お財布機能や生活防水なども10年前から存在していて、近年は目ぼしい新機能に乏しい。
それなのに買い替えを迫られるのだから、やはり不条理だ。

「通信規格もいまだに前世代の3Gスマホでも使えるほどで、最新機能にこだわらなければ5年以上前のスマホでも十分です。
しかも、手帳型ケースに入れておけば破損もしにくく、頻繁な買い替えの必要性はますます薄れています。
それだけにバッテリーの経年劣化による買い替え需要は、メーカーにとって貴重なビジネスチャンスになっていると思われます」(スマホショップ関係者)

 

買い替えサイクルが短いと、消費者のお財布へのダメージが大きいのはもちろん、環境への負荷も大きい。

 

現在、世界的な脱炭素への取り組みがなされているが、スマホの製造販売にともなって、原材料の採取や製造、運送のために多くのCO2が排出される。
さらに、端末に使用されるレアアースなどの鉱物資源は、必要な分量を抽出するために大規模な採掘が必要とされ、資源枯渇や環境破壊も深刻だ。

 

また、国内でのスマホのリサイクル率も直近では17%程度に留まっている。
しかもリサイクルをする場合であっても、CO2排出や、新たな天然資源を消費することにもなる。
やはり同一端末を少しでも長く使い続けたほうが環境に優しいのは言うまでもない。

 

国内の主要スマホメーカーにバッテリーの内蔵設計の採用理由について問うと、以下のように回答した。

「お客様にとって持ちやすく使いやすい本体サイズを実現するため、内蔵式バッテリーを採用しています。
最新モデルでは3年使っても劣化しにくいバッテリーの長寿命化を実現するなど、お客様に長く端末をお使いいただけるように努めております。
今後もお客様の利便性や環境面への配慮に努めてまいります」(ソニー・広報部モバイル担当)

 

「バッテリー内蔵の構造は脱着式と比較して電池容量を大きくできるため、お客様の電池持ちの不満に対して有効な手段として内蔵化を行いました。
また、サイズやデザイン面でも、内蔵化により柔軟性を持たせられることも理由の一つです」(シャープ・会長室広報担当)

 

なお、買い替えサイクルの短縮による売上増という狙いについては両社とも強く否定した。

 

欧米では、バッテリーを交換しにくい不満や、環境意識への高まりから、スマホ修理を見直す動きが出てきている。
欧州議会は2020年11月、スマホを個人が修理しやすくするなど、消費者の「修理する権利」を保護するための決議を採択した。

 

アメリカでも同様にスマホを修理しやすくするための法制化の議論が進んでおり、ワシントン州ではバッテリーの交換を困難にする設計を禁じる規制も検討された。

 

このように、消耗品であるバッテリーを内蔵した設計は、考え方によっては法的な議論を呼ぶ可能性がある。

 

消費者行政や公正取引に詳しい染谷隆明弁護士が言う。

「内蔵式であることによる法的な問題の一つは、周知していた使用年数に実際は届かない場合です。
例えば使用年数を3年としながら、2年しか使用に耐えられないと訴訟で認められた場合は『不実の告知』として、消費者契約法により契約の取り消しができる場合があります。
また、日本では時期尚早の議論ですが、経済的事情や環境的な配慮から、『購入した端末をより長く使いたいという意思は尊重されるべき』という考え方もあります。
そしてその意思を阻害するようなメーカーの商品設計は好ましくないという社会的な問題意識が高まれば、消費者行政として業法的な規制や指導があってもいいかもしれません」

 

もう一つ、「公正取引上」の論点もある。
前述のように、現在では、ユーザーがメーカー側の利益に繋がりやすいバッテリー内蔵式のスマホを購入せざるを得ない環境があるが、このような業界全体の商品設計の傾向を一つの市場支配力として見た場合は、公正取引委員会(公取)が独占禁止法で規制する「優越的地位の濫用」と見られるのではないか、というものだ。

「これまで独禁法による規制は事業者間取引に限られていました。
しかし2019年に公取は、デジタルプラットフォーマーが消費者に個人情報提供を要請することについて、『優越的地位の濫用』にあたりうる、というガイドラインを公表しています。
これからは商品の購入という『対消費者取引』も問題として取り上げられる可能性はあるかもしれません」(前出の染谷弁護士)

 

なお、公取と消費者庁にバッテリー内蔵式による消費者の不利益について問うたが、ともに回答を避けた。

 

持続性という観点からユーザーにはデメリットの多いスマホのバッテリー内蔵式設計。
メーカーには交換式の機種を少しでも出して、一つの端末を長く使い続けたいユーザーの声を汲み取ってほしいものだ。
近年、市場シェアを落とした日系メーカーにとって、環境保護や経済性重視の商品設計は、魅力的なアピール材料にもなるはずだ。