「クルマを売るならビッグモーター」というテレビCMでお馴染みのビッグモーターのダイナミックな不正が明らかになった。

 

ビッグモーターの第三者委員会が損害保険大手各社に提出した調査報告書によれば、ゴルフボールを靴下に入れて車体を叩く、ドライバーで傷つけるなどして、修理費用を水増しして保険金を請求していたというのだ。
これらの不正は、5年以上前から行われていた可能性が高いという。

 

ご存じの方も多いだろうが、ビッグモーターといえば、テレビCMや広告で盛んに「買取台数6年連続日本一」をうたっている。
現場でせっせとクルマを傷つけながら「日本一」の座を守っていたということになる。

 

なぜ現場の人々がこんな無茶苦茶なことをやっていたのかというと、「厳しいノルマ」があるからだ。

 

報告書によれば、同社では事故車両の修理費用に1台当たり14万円前後のノルマを課していた。
本来、修理費用は車両の損傷状況によって決まるが、同社の場合は板金や塗装部門が修理工賃や部品から得る粗利の合計額が14万前後になるように求められていたというのだ。

 

この理不尽な目標を達成するため、現場ではさまざまな不正が行われていたらしい。
特別調査委員会のサンプル調査では、検証した案件のうち、34カ所の工場で4割を超える不正が疑われる行為があった。
また、このノルマについて「@(アット)」という隠語で呼ばれていたことから、かなり組織の中で浸透していたことがうかがえよう。

 

では、なぜこんな問題が起きたのか。
特別調査委員会が同社に指摘した原因としては、「不合理な目標設定」「経営陣に盲従し、付度する歪な企業風土」「現場の声を拾い上げようとする意識の欠如」などが挙げられている。

 

しかし、報道対策アドバイザーとして、この手の不正も山ほど見てきた立場で言わせていただくと、これはなにもビッグモーターに限った話ではない。
「団塊ジュニア企業」が、この10年あまりこぞってハマっている「定番の失敗パターン」だ。

 

「団塊ジュニア? なんだよそれ?」と思った方のために説明すると、団塊ジュニア企業とは第二次ベビーブームによる需要増が大きな要因で急成長して、全国展開を達成した大企業を指す筆者の造語だ。

 

分かりやすいところでは、1973年創業のセブン-イレブン・ジャパン、同年に創業したレオパレス、翌74年創業の大東建託などがこれにあたる。
76年創業のビッグモーターは人間で言えば、団塊ジュニア世代(71~74年)ではないが、団塊ジュニアを授かったファミリーが国内で爆発的に増えて、その恩恵を得た会社のことを「団塊ジュニア企業」と呼ばせていただく。

 

そんな団塊ジュニア企業は、近年よく問題を起こしている。
業種やビジネスモデルは違えど、共通の「負けパターン」があるからだ。

 

人口急増の波にのって全国展開を達成し、巨大企業に成長する。
しかし、人口減少時代に転じてもなかなか過去のビジネスモデルから脱却できず、「拡大路線」に固執してしまう。
そのため、現場が帳尻合わせ的に不正に手を染めてしまったり、過重労働が強いられてしまったりという問題が発生するのだ。

 

セブン-イレブンの場合、人口増時代の成長エンジンだった、同一地域内に店舗を集中出店させる「ドミナント戦略」に固執してしまった。
結果、競合だけではなくセブン同士のカニバリを招き、バイト不足や現場の過重労働を引き起こし、時短営業をのぞむオーナーがFC相手に訴訟を起こすなど、いわゆる「24時間営業問題」が起きた。

 

レオパレス21の場合、人口減少で空き家問題も深刻な中で、新築アパートを大量に建て続けて売り上げをつくる、という人口増時代の戦略を継続してしまった。
結果として、サブリース(家賃保証)というシステムが破たん。
一方的に家賃を減額したレオパレスに対して、オーナーが集団訴訟を起こすなど対立が激化しているほか、コスト削減のためアパートの違法建築問題を引き起こした。
大東建託も厳しいノルマがあると指摘され、たびたび以下のような不正疑惑が報じられている。

●「大東建託」が高齢者相手に“詐欺まがい”の不当営業 空き巣で逮捕された社員も(デイリー新潮 2021年04月15日)

●内部資料入手!「大東建託」が抱える1300億円の「工程保留物件」 決算のゴマカシか?(デイリー新潮 2021年04月30日)

 

これらはもちろん各社の企業文化うんぬんということもある。
が、この時代に生まれた組織特有の「人口増時代の拡大路線がやめられない」という問題もかなり関係していると考えている。

 

一体どういうことか。
ビッグモーターを例に説明していこう。
同社が創業したのは第二次ベビーブームが終わった76年、現在の兼重宏行社長が、出身地の岩国市南岩国町で「兼重オートセンター」を個人創業したことが始まりだ。

 

この会社は団塊ジュニア世代が成長していくのと、歩みを合わせるように山口県内で店舗を拡大していく。
高度経済成長は終わっていたが、74年に自動車輸出台数世界一となってから自動車は日本を代表する産業として、確固たる地位となっていた。
団塊世代ファミリーがレジャーで使うということもあって、マイカーもよく売れていく。

 

その後、同社は団塊ジュニア自身が自動車を乗り回す時代(89~92年)から鈑金塗装専門工場や、外国車専門販売店舗など事業を拡大。
そして、団塊ジュニア世代が社会人として活躍をして、ファミリーをつくる人が増えていく時代(2001~05年)になると他県にも積極的に出店して、全国展開を加速。
現在のように北海道から沖縄まで263店舗、従業員6000人(2021年2月時点)の巨大企業に成長したというわけだ。

 

 

ただ、快進撃はここまでだ。全国制覇を達成したのはいいが、日本は毎年、鳥取県の人口と同じ数の人が消えていく。
消費者が減ることに加えて、カーシェアリングや高齢化でクルマを手放す人も増えていく。
つまり、これまでのような拡大路線は通用しなくなる。

 

このあたりは「全国制覇」を掲げて拡大路線を突き進んだ「いきなり!ステーキ」や高級食パンなどの失速を見れば明らかだろう。

 

しかし、このようなシビアな現実を受けいれることができないのが、団塊ジュニア企業の特徴だ。
拡大路線で店舗を増やして、広告をバンバン打てば、客もどんどん増えていく、という昭和の成功体験が強烈に刷り込まれているので、それを捨て去ることができない。

 

すると、どうなるのかというと、現場に過大なノルマを強いる。
そして、その無茶振りを誤魔化すように、景気のいい話を触れ回るようになる。

 

「マネジメント」で知られるピーター・F・ドラッカーによれば、マーケティングというのは何もしなくても自然にモノが売れていく状態だが、それが機能していないときは「プロパガンダ」の力に頼るようになるという。
つまり、自画自賛的な「広告」を大量に投入する物量作戦になるのだ。

 

有名俳優を起用したテレビCMが山ほど流れていることが象徴的だが、Webサイトを見ても以下のように、同社がプロパガンダに力を入れていたことはよく分かる。 

●『ついに沖縄にも初出店! 日本全国に出店拡大中! 6年連続買取台数日本一!』

●『中古車買取価格満足度No.1 中古車販売顧客満足度No.1』

 

太平洋戦争で戦局が悪くなればなるほど、日本軍は戦果を偽り、「世界一勇ましい日本軍の攻勢で、米国はもう降参寸前だ」と大騒ぎしていたことからも分かるように、日本型組織は苦境に立たされるほど、プロパガンダに力を入れる傾向がある。
そして、現場には理不尽な目標を押し付ける。
「お国のために玉砕して、敵を1人でも多く道連れにせよ」という命令は見方を変えれば、「現場に過大なノルマを強いている」ことと同じことだ。

 

団塊ジュニア企業が拡大路線を突き進んで現場に不正を強いているのは、かつて日本軍が負け戦でも撤退できず、現場に「玉砕」を強いた問題の延長線上にある。
つまり、日本型組織の典型的な「病」のひとつなのだ。
例えるのなら、団塊ジュニア企業が「人口急増」という「上りエスカレーター」に乗って、ここまで順調に成長してきたのだ。

 

実は今日の成功は、エスカレーターのおかげだが、経営陣は何やら自分たちの「営業努力」によってなし得たと過信してしまう。
だから、苦しいときこそ原点に立ち戻ろうと、強気の拡大戦略にこだわる。
広告をバンバンうって、現場の戦意を高揚させて、高い目標を設定してお尻を叩くなどの「努力」をすれば報われると勘違いしてしまう。

 

しかし、残念ながらこの努力は報われない。
2000年代に入ると、少子化が深刻化してあらゆる市場がシュリンクしているからだ。
つまり、団塊ジュニア企業の多くは自分たちが気づかぬうちに、いつの間にやら人口減少・低成長という「下りエスカレーター」に乗ってしまっているのだ。

 

だから、上りエスカレーターに乗っていたときと同じ事業戦略を続けてもうまくいかない。
むしろ、残念な結末になる。
ドミナント戦略や全国制覇はその典型だ。

 

このような過去の栄光に引きずられていることに加えて、団塊ジュニア企業が拡大路線に固執してしまうのは、もう一つ理由がある。
それは「成長とは計画を立てたその通りに進めていく」という旧ソ連の「計画経済」という思想だ。

 

僭越(せんえつ)ながら筆者は17年ごろから本連載で繰り返し、人口減少の日本では今後、「ノルマ」由来の企業の不正が増えていくことを予想させていただいている。

●『大企業のノルマが、「不正の温床」になる本質的な理由』(2017年11月07日)

 

「ノルマ」と聞くと、戦後日本を占領した米国の「成果主義」が持ち込まれたことで広まったと勘違いしている人も多いが、実はノルマという概念は戦前に持ち込まれている。
現在の日本企業のカルチャーのほとんどは、戦前・戦中につくられたものだ。

 

そして、そのときに手本にしたのが、旧ソ連だ。
終身雇用、滅私奉公、そして最も国が参考にしたのが計画経済だ。
エリートが計画を立てて、その通りに労働者をそれぞれの持ち場に縛り付けて働かせることで、着々と成長していけば理想の社会がつくられる――。
こうした思想は「伝染病」のように日本に広まった。

 

そこでモロに影響を受けたのが、経営者だ。
日本企業は、その成り立ちから骨の髄まで計画経済が叩き込まれているのだ。
これが不正の温床になっている。

 

ご存じのように、旧ソ連は崩壊していく前に、不正のデパートになった。
国は経済統計を誤魔化して、国営企業は生産の数字を粉飾した。
計画経済がすべてなので「ノルマ未達」を避けるために、あらゆる不正がまん延したのだ。

 

ルーツが同じということは、同じ問題が起きる。
つまり、日本でも人口が減少して、これまでのビジネスモデルが崩壊していくと、組織が計画経済の齟齬(そご)を誤魔化すために不正に走るのだ。
そこに転びやすいのが、団塊ジュニア企業だ。

 

「人口が増えていく」という右肩上がりの幸せな成功体験を引きずっているので、厳しい現実を受け入れることなく、いつまでも昔のやり方を続けてしまうからだ。

 

人口減少が急速に進む「縮む社会」で経済を維持するには、「数」が減っていく代わりに、一つ当たりが生み出す「価値」を上げていくしかない。
つまり、生産性向上と賃上げだ。

 

しかし、残念ながら日本社会はいまだに「安いものを大量に売る」という昭和の拡大路線から脱却できていない。
ということは、現場に過大なノルマが強いられ続ける。
どんなに血反吐を吐いても結果が出ないので、現場は不正をするしかない。
民間だけではなく、役所や国家まで不正が「平常運転」となるだろう。

 

つまり、これからの日本は旧ソ連と全く同じことが起きていくのだ。
この流れはもはや止められない。
そして、もっと大きな企業でも同様の問題が起きるだろう。
事実、既にダイハツや日野自動車という、日本の基幹産業である自動車メーカーでも不正が相次いでいる。

 

そう遠くない未来、誰もが知るような名門企業で、日本人のプライドがズタズタにされるような、とんでもない不正が明らかになるかもしれない。