「どうしてここまで売れるのか大変不思議なのですが…」

 

こう語るのは、無限に続く「円周率」を延々と記しただけの本「円周率1,000,000桁表」(暗黒通信団)を執筆した牧野貴樹さん。
同書は1996年の初版以降増刷を重ね、累計販売冊数は4万部に迫る勢いだ。
一見用途不明の本が、密かな「ロングセラー」になった理由とは。

 

円周率とは、円の直径に対する円周の長さの比率のこと。
日本では小学5年生の算数から登場する。
3から始まり、以降.14159…と果てしなく続くが、小学校では近似値の「3.14」、中学校以降の数学では「π」で表される。

 

何かと省かれがちな円周率。
そこに光を当てたのが「円周率1,000,000桁表」だ。
その名の通り、「3」から始まる円周率を1ページあたり1万桁、合計100万桁分載せたもので、価格は円周率にちなんで314円(税抜き)。
ECサイトや全国の書店で購入できる。

 

2022年5月下旬、ツイッター上でこの本を買ったというユーザーの投稿が拡散され、「狂気」「イカれてる」「使い道が知りたい」などと注目を集めた。
巻末の「Q&A」に記載された「ただの事実の羅列なので著作権はない」という説明書きも話題を呼んだ。

 

本の出版は、人気ゲーム「ポケットモンスター」や「たまごっち」が発売された96年。
「コミックマーケット」などで自主制作本を販売する同人サークル「暗黒通信団」から出版された。
執筆者の牧野さんは当時大学生。
円周率に興味があり、円周率を計算するプログラムを書いていた。
22年6月1日、取材に本の出版経緯をこう語る。

「サークルのメンバーから、コミケに出す新刊がなにかないかと聞かれたので『そういえば円周率ならあるけど』といって、第1版はレーザープリンタで印刷して手製本の形でコミケで30冊販売しました」

 

初めて売り出したコミケ51(96年冬)で好評を博した本は、第2刷では300冊に増やしコミケと都内の一部書店で販売。
本来はここで販売終了予定だったが、「なぜか何年経っても書店からの客注が入り続けるので、それだけ需要があるならと重刷することになりました」と牧野さんは振り返る。

 

その後は「第3.14刷」「第3.141刷」「第3.1415刷」…と円周率にちなみ増刷を重ねた。
現在流通しているのは22年3月18日発行の「第3.141592653589刷」(実質15刷)。
暗黒通信団の担当者によると、累計販売冊数は22年5月末時点で3万8172冊だという。
牧野さんは「どうしてここまで売れるのか大変不思議なのですが…」と、想定外のロングセラーに戸惑いを隠さない。

 

本は、いったい誰がどんな目的で買っているのか。
高校生の頃に本を買ったという20代のツイッターユーザーは6月3日、取材にこう語る。

「当時円周率を覚えるのにハマっていて、Amazonで偶然この本を発見して買いました。
その後、お世話になった数学の先生が離任された際に、プレゼントとして2冊目を買いました。
後日、先生とお会いした際に『教室にこの本を置いておくと生徒が面白がって、興味を持ってくれて見ている』と仰っていました」

 

実際にツイッター上でも、塾や学校の教室、図書室に置いてあったという声が多く聞かれた。
牧野さんも「本屋で売っている本の中では値段が安い」「小学生などが興味を持ったときに手に入れやすい」「意外にプレゼント用としての需要がある」と世間のニーズは認識しているようで、「なんの役に立つのかわからない本ですが、だからこそ皆さんそれぞれのやり方で楽しんでもらっているんだなと、生暖かく見守っております」と話した。